KuroNoLetter’s blog

人間と黒猫の姿を行き来する何かが、手紙を書いたり、自らの人生論や世界観などいろんなことを語ります。

「失った大切なもの」くろの語り①

むかしむかし、ある魔女の家に黒猫がおりました。魔女は黒猫に多くの魔法を教えましたが黒猫は魔女の使う魔法を見るだけで使おうとも学ぼうともしません。鼠の退治や伝書が楽になる魔法にも全く興味がなく、ただの黒猫として過ごしていました。魔女はそんな黒猫を愛していました。

ある日、魔女は病に臥し、黒猫に他の魔法使いへ薬をもらってきてほしいと頼みました。
伝書を黒猫に託そうとしましたが、それを受け取る前に黒猫は慌てて魔法使いの家に駆け出しました。魔女は窓から小さくなっていくその後ろ姿を見えなくなるまで目で追いました。

黒猫は魔女に教えてもらった魔法を使いました。
鼠の退治が楽になる魔法は黒猫を風に変え、町の中を通り抜けました。伝書が楽になる魔法は、迷いの森の中にある魔法使いの家までの道標となりました。
人間なら2日はかかる道程を、黒猫は必死に走って半日で着くことができました。魔女の家を出たときには朝でしたが着く頃にはすでに夜でした。

魔法使いの家に着いて、黒猫は扉前でにゃーにゃー鳴きましたが、魔法使いは出てきそうにありません。家の周りを一周したところ、扉以外にはまじないが施されており入れないようになっています。扉を引っ掻いたり、また鳴いてみたり、黒猫ができることは尽くしました。

しかし、魔法使いの寝息が聞こえるだけで、扉は開きそうにありません。黒猫は魔女に人間の姿になる魔法を教わっていました。
その魔法は大切なものを失うことが条件でした。黒猫はそれを気にすることなく、魔法を使って人間の姿になりました。扉を開けて、魔法使いを揺さぶって叩き起こしました。
魔法使いはびっくりして「なんだお前は、どこから入った!泥棒以外の要件のある人間しか入れないはずだ、こんな夜中に何のようだ!」と怒鳴りました。
黒猫は魔女の病気が治る薬をもらいたいと言いたいのですが、口がぱくぱくするだけで言葉が出てきません。
魔法使いはその様子を見て不思議に思い、目を擦りながら、言葉が出る魔法をかけました。
「あ、助けてくれ、魔女が、病気になって、倒れてるんだ、薬をお願い」
魔法使いはさらにびっくりして、図書館のような広い部屋にある大きなタンスの引き出しから小さな木の実を黒猫に渡しました。
「この木の実をな、煎じて飲ませ。魔法の効かん病気も忽ち治すぞ。金は要らん!時間がないぞ、はよ帰ってやれ!」
と黒猫を家から押し出してから
「これを使え。この縄は三日月の端にひっかけたらな、三日月がお前さんの家まで引っ張っていってくれる。今ならまだ間に合う!」と長い縄を黒猫へ渡しました。
黒猫は深くお辞儀をしたあとに、馴れない人間の腕で三日月の顎に縄を引っ掛けました。縄をしっかり握っていると、月は地の果てへ向かって進むので、黒猫もそちらへ釣られ飛んでいきました。
明朝には着きましたが、そこには魔女の家がありません。黒猫が辺りを探しましたが見つかりません。
黒猫は魔女の家があった場所から小さな手紙を見つけました。
「あなたは今ごろ人間の姿になって、木の実を持っていると思うわ。私はもう十分に生きたの、ずっとずっと生きてきた中でたくさんのものを得て失ったわ。でも、あなたを失うことがとてもこわくなったの。あなたを失いたくない。その木の実はあなたが煎じて飲むとすべてを忘れてしまうわ。失うことの辛さをあなただけにさせてしまうことが、心残りなの。私はあなたをずっと見守っているわ」と、書かれていました。
黒猫はぽろぽろと涙を溢しながら、木の実を半分だけ齧りました。

大切なものを失った黒猫は、失った大切なものを探すために、寿命を忘れてしまいました。
彼は今も、魔女の愛を求めて歩んでいます。